前作でファーストアルバムの『17』(NRSD-3092)が各所で賞賛されたことで、彼女とプロデューサーである関美彦に多大なプレッシャーがあったと思うが、それを軽々とクリアした完成度に筆者も敬服している。
先ずは広瀬のプロフィールに触れるが、彼女は山梨県出身で3歳から歌を始め、2012年に山梨県と東京近郊を中心に活動するアイドルグループPeach sugar snowのメンバーとしてデビューした。2016年に同グループ卒業後、新たに3776(みななろ)に参加し、静岡県富士宮市のアイドルグループに参加し山梨担当として2018年3月まで活動していた。同年6月にミニアルバム『午後の時間割』でソロデビューし、現在までに1枚のフルアルバム、2枚のCDシングル、7インチ・シングルを1枚リリースしている。
『午後の時間割』からプロデューサーとして関わっているのが、鬼才シンガーソングライターの関美彦で、これまで弊サイトで紹介したシンガーソングライター青野りえのファーストやセカンドアルバムなどを手掛けていて高い評価を得ていた。
本作『21』には関の他、彼が所属するROSE RECORDS主宰で、サニーデイ・サービスのリーダーの曽我部恵一、インスタントシトロンの結成メンバーで、脱退後はプロデューサーとして活動する松尾宗能ら、拘り派のポップス職人達が楽曲提供しているのは注目に値する。またレコーディングには『17』から引き続き、”善福寺BAND”が参加し、ピアノの長谷泰宏(ユメトコスメ主宰)、ギターの山之内俊夫、ベースの伊賀航、そしてドラムの北山ゆう子という手練なミュージシャン達が参加して巧みな演奏を繰り広げ、ミックスとマスタリングも前作同様、佐藤清喜(マイクロスター)が手掛けており、隙のない音作りの人材が勢ぞろいしている。
広瀬愛菜『21』 トレーラー
ここからは筆者による本作収録曲の解説と、プロデューサーの関がアルバム制作中にイメージ作りで聴いていた、プレイリストと同サブスクを掲載するので、聴きながら読んで欲しい。
冒頭の「Motor Cycle Girl(Cowgirl Song)」は、松尾宗能のソングライティングで疾走感のある2ビートのカントリー・ロックでアレンジされており、作者の松尾はコーラスの他、ハーモニカ、YC-20コンボオルガンでレコーディングにも参加している。バッキングは伊賀と北山の鉄壁なリズム隊に、長谷のクールなホンキートンク・ピアノと山之内のチェット・アトキンス・スタイルのギター・フレーズなど巧みな演奏が、広瀬のナチュラルで存在感のある声質(独特な倍音成分がある)を引き立てており、早くも本作の完成度が伺える。
続く「天国にいちばん近い島」は、原田知世の6thシングル(1984年10月)のカバーで、原田が主演した同名映画の主題歌だった。作詞:康珍化(かん ちんふぁ)、作曲:林哲司というヒットした前曲「愛情物語」(84年4月)からのコンビによるもので、アレンジは筒美京平作品を200曲以上手掛けた萩田光雄だった。ここでのカバーは関と長谷が共同アレンジしてオリジナルのミディアムテンポと雰囲気は踏襲しつつ、長谷がプレイするDX7や関がプログラミングしたデジタルシンセの響きが懐かしくも新しいサウンドで原曲が生まれ変わっている。広瀬のボーカルはこの様なライト・バラード系の曲でもしっかり耳に残り、音域的によく計算された佐藤のミックスは成功している。
「Everlasting」は広瀬自身が作詞し、that's all folksことギタリスト兼ボーカルのリョウが作編曲を担当している。彼は”都市とカンタータ”という男女2人組グループでも活動しており、本曲でもリズムセクション以外のストリングスと木管のアレンジ、プログラミングを手掛け、非凡な才能を披露している。曲調的には70年初期のポップスがルーツだが、柔らかなフルートやオーボエが鳴っている空間に、山之内のやや歪んだエレキギター・ソロが響くコントラストは新鮮で、広瀬による歌詞と切ない歌声がこのサウンドに溶け込み感動してしまう。
本作中異色なのは、4曲目の「LA BLUE feat.MCあんにゅ ルカタマ」だろう。文化学園大学卒のファッションデザイナー兼ラッパーというMCあんにゅが作詞し、関とあんにゅが作曲したこの曲は、善福寺BANDのファンキーな演奏をバックに3名の女性がラップし合うという構成で、広瀬にとってはかなり新境地だ。レーベルメイトでシンガーソングライターのルカタマ(アイドルグループ”めろん畑a go go”出身)が、2023年7月に発表した「Lowlife( feat. MCあんにゅ)」で先にコラボしたことで、本曲に雪崩れ込んだと想像できるが、こういう異種ジャンル・コラボは今後のインディーズ界にとって、すそ野を広げるという意味で重要だと思う。肝心の演奏面では、伊賀の唸りまくるスラップベースや北山のフィルを多用したドラミング、後半突然現れる山之内によるインター・プレイのギターソロでフェードアウトしていく。恐らくこのままセッションは続いて、スティーリー・ダンの『The Royal Scam』(1976年)セッションの様に長尺からベストテイク・パートをミックスしたのではないだろうか。関が演奏するCasiotone MT-65のフレーズ(Miles Davisの「Milestones」に通じる)も中毒性が高く、筆者が嘗て愛聴していたThe Brand New Heaviesの『Heavy Rhyme Experience Vol.1』(1992年)で繰り広げられた、ヒップホップ・ビートと生のジャズファンクの融合を彷彿とさせて、本作中で最強無敵の曲かも知れない。
善福寺BANDの長谷は男女ユニット”ユメトコスメ”を主宰していて、ソングライターとしても優れているが、本作には2曲を提供している。「女神と21番街のドレスアップ」はその一曲で、渋谷系を通過したトム・ベル(Thom Bell)などフィラデルフィア・ソウル・サウンドでソフトロック・ファンにもアピールするだろう。生っぽいヴィブラフォンは長谷によるプログラミングで良いアクセントになっており、ニューヨークをモチーフとした架空の街でのストーリーを持つ歌詞を演出し、少し背伸びした世界観に広瀬の歌唱も溌溂としている。
広瀬が作詞し関が作編曲した「new age」は、生演奏とプログラミングが融合されたクールなシティポップで、音数は少ない音像だが、マルチ・ショートディレイをかましたシンセパッドや無骨に連打されるキックなど関の打ち込みの拘りが感じられる。広瀬が自らの心情を吐露したような歌詞は言葉選びやその響きもサウンドによく溶け込んでいる。
本作後半の「さよなら青春」は、広瀬のサークルバンド仲間である亀田奎佑のソングライティングで、広瀬は作詞を手伝っており、アレンジとオリジナルのバックトラックは亀田によって製作されていた。関の仕切りで善福寺BANDによってヘッドリアレンジされレコーディングされたと思われる。マイナー調のエイトビート・ポップスで、タイトルから想像できる通り、懐かしいメロディが印象に残る。
長谷が提供したもう一曲の「女王陛下かく語りき」は、ボサノヴァのリズムで演奏され、ウィンドチャイムなど金物パーカッションは長谷がプログラミングしている。このタイプの曲では伊賀と北山によるリズム隊のダイナミックなプレイが肝であり、非常に素晴らしい。歌詞の世界観はアニメーションのテーマ曲のようで長谷の趣味が色濃く出ており、広瀬の若く瑞々しい声質にもよく合っていると思う。
再び広瀬の作詞に関の作編曲のコンビによる「Let Us Go」は、本作中最もR&Bナンバーとして完成度が高く、善福寺BANDの長谷、山之内、伊賀、北山の掛け値なしの名演が聴ける。ストリングス・シンセのプログラミングとKORGのアナログ・ポリシンセは関がプレイしていて、広瀬のファルセット気味な歌声と共に、アーバンな歌詞の世界観を演出している。筆者的にはStephen Duffy & Sandiiの「Something Special」(1986年)など80年代中後期のUKソウル・サウンドに通じていて非常に好みなので、この曲と「LA BLUE」をカップリングした7インチ(12インチでも可)・シングルでのリリースを強く希望する。
サマービート/広瀬愛菜
ラストの「サマービート」は前出の説明通り、サニーデイの曽我部恵一が提供し、善福寺BANDがヘッドアレンジしたキャッチーなロックンロール・ナンバーで、曽我部作品としては「夢見るようなくちびるに」(1999年)に通じる名曲だ。先行配信シングルとして10月1日にリリースされていて、サマービートと連呼するサビのリフレインするパートがこの曲の肝であり非常に耳に残る。本作中で最も広瀬のシャウトする声を聴ける。関はサビのコーラスとホーン・セクションのプログラミング、長谷はオルガンとDX7をプレイしてる。
最後に本作の総評として多岐に渡るカラーを持つ収録曲の充実度と、数多のセッションで名演を残しているプレイヤーが揃った善福寺BANDの演奏、確かな耳を持つ佐藤のミックスとマスタリング、それをまとめ上げた関のプロデュース力によって、広瀬の最高傑作として仕上がっている。
筆者の詳細レビューを読んで興味を持った音楽ファンは是非入手して聴いて欲しい。
広瀬愛菜『21』関美彦プレイリスト サブスク
◎プロデューサー・関美彦
レコーディングの際に実際メンバーのみなさんに聴いて頂いた曲、また僕が思い描いたイメージの曲たちをあげさせて頂きます。
■Hot Dog / Led Zeppelin(『In Through The Out Door』/ 1979年)
◎松尾さんの「Motor Cycle Girl」をレコーディングする際みんなに聴いてもらった。
めっちゃ盛り上がった。ゆう子さんはジョン・ボーナム好きだし!
■The Theme From Route 66 / Nelson Riddle
(『Route 66 And Other T.V. Themes』/ 1962年)
◎また松尾さんの曲。長谷さんにピアノのニュアンスの説明の際、こんな洒脱な感じと聴いてもらった。
■Don't Look back In Anger / Oasis
(『(What's The Story) Morning Glory?』 / 1995年)
◎That'sさんにつくってもらったEVER LASTING。
最初はロジャー・ニコルス的なMORかと思ったがエレキが入ったらオアシスじゃないかと。その場でThat'sさんに伝えたら、「そう感じてくれたらうれしい」と言われた。
■Waterfalls / TLC(『Crazy Sexy Cool』/ 1995年)
■Mt.layerd / DMBQ(『Jinni』/ 2000年)
◎ラップ曲をつくるにあたっての漠然としたイメージはTLC。
ドラムとエレキが入ったらDMBQみたいになった!
■Odara / Nara Leão and Caetano
(『Os meus amigos são um barato』/ 1978年)
◎長谷さんから自作曲レコーディングの際に聴かせて頂いた曲。
なるほどおしゃれだなあ。
■Super Shy / New Jeans(『Get Up』/ 2023年)
■Perfect Night / Le SSERAFIM(『Perfect Night』/ 2023年)
◎レコーディングに入るまえに愛菜さんに聴いたらK-POPが好きだとの事。
僕の曲はこんなイメージがあった。曲つくりのディテールも。
■Heat Wave / The Jam(『Setting Sons』/ 1979年)
■Let's Go / The Cars(『Candy-O』/ 1979年)
◎サマービート。曽我部くんから曲を頂いたとき聴いたイメージはモータウン!
リハの際みんなでいろんなヒートウェイブ聴いた。
ミックスはカーズのようにコンパクトなロックをと、佐藤さんに話した。
■Surfer Girl / The Beach Boys(『Surfer Girl』/ 1963年)
◎レコーディングがすべて終わり、残ったメンバーでPVを見た。
ただため息だった。
(テキスト:ウチタカヒデ)
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